大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和29年(タ)24号 判決

主文

原告と被告とを離婚する。

被告は、原告に対し金三十万円を支払うこと。

原告その余の請求は、棄却する。

原被告間の子一郎、泰の親権者を原告と定める。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告と被告とが昭和十八年七月十七日婚姻届出をなし、現に法律上の夫婦であること、原・被告間に昭和十九年四月二十一日長男一郎が、昭和二十一年十月二十八日次男泰が出生したことは、成立に争いのない甲第一号証(戸籍謄本)によつて明らかである。そこで、第一、まず、離婚の請求について判断するのに、証人橋本キヨ(第一、二回)、坂井ハツ、高橋四郎治の各証言、証人山本清の証言(但し、後に記載する信用しない部分は除く。)原・被告本人各尋問の結果(但し、被告本人尋問の結果の中、後に記載する信用しない部分は除く。)を綜合すると、次のような事実を認めることができる。すなわち、

原告と被告とは訴外田中トキのとりなしで、昭和十八年五月二十七日結婚式を挙げたが、原告は、結婚後間もなく、被告は思慮分別の能力に欠けていて夫として頼りになしえないことを知り、また、それが原因となつて他の女性との結婚が三度も破鏡に終つたことを想い、被告との結婚生活を続けてゆくことに不安を覚えるようになつた。しかし、そのうち被告は応召し、長男一郎が生まれ、被告の母スミの営む古着商を手伝い、それが企業統制によつて廃業となるや、乳哺児をかかえて衣料配給所に勤め、さらに、終戦後被告と再び暮らすようになつてからも、スミ名義で新たに開業した呉服商の経営や二人の子供の面倒をみることに明け暮れしていたので、右のような事情から、特にとりたてていうほど夫婦仲が円満を欠くことはなかつた。ところが、商販が繁盛するにつれて勢い原告が他の男性と接する機会が多くなり、ことに、昭和二十七年秋頃より商品仕入のため月に数回東京や大阪、名古屋方面に出向いてその都度二、三日家を空けるようになつてからは、被告は、その勤務先である新潟鉄道局新津電修所等で同僚より原告が他の男と醜関係にあるかのような噂(事実そのような不貞な行為が原告にあつたことを適確に証する資料はない。)をきかされたことなどから、原告の素行を疑い出し、また、スミも冷たい眼で原告を視るようになつたが、元来性格の強い原告は、女手一つで店をもりたて一家の生計を背負つているという自意識も手伝つて、平素より被告に対して懐いていた夫として物足りなく思う気持が圧え切れず、被告より真偽の程を問いただされても、謙虚な気持で潔白のあかしをたて、または、疑念を懐かせないような措置を講ずる等の賢明な方策に出ることなく、ただ、これを一笑に付し、或は、かえつて被告を侮蔑する態度を露骨に現わす有様であつたので、被告としては、疑惑の心が溶けず、且つ、その頃より夫婦関係においても原告から疎遠に取り扱われ、不満の重さなるに従い、粗暴な行為が多くなり、かようなことが繰り返えされるにいたつて次第に原、被告間に感情の阻隔が築かれていつた。さらに、それが昭和二十九年一月十三日原告主張のような経緯により、原告が子供を連れて実家に立ち帰えるに及んでからは、被告の近親者、殊に弟明が原被告間の夫婦関係に強く容喙して、原告が被告に対するこれまでの態度を改めるのでなければ離婚のほかなき旨申し伝えて原告の復帰に肯ぜず、店は明夫婦と母親スミとが経営し、原告はもとより、被告も同所に起居できない状態になつたので、原告も遂に被告との婚姻継続に望みを絶ち、その後人を介してもたらされた被告の復縁方の申入れをも拒否し、爾来二年余有を経た今日においては、原告の右の考えは、動かし難いものになつていることを認めるのに十分である。

前掲証人山本清の証言及び被告本人の供述中、右認定に牴触する部分は信用ができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告と被告との結婚関係が現在破綻に頻していることは明らかである。しかして、かかる事態に立ちいたつたのは、被告が事物に対する正常な判断力に欠けていることと原告が強い性格の持ち主であることとが、互いに緯となり経となつて感情の阻隔が築かれたことによるものである。もとより、婚姻は、仮りに相手方に存する事情を知悉しえないままになされたものであるとしても、一旦将来を誓い合つた以上、当事者は相互の理解と協力によつてこれを維持することに努めなければならないことはいうまでもないが、被告の右のような知能的欠陥のために、原告が被告と結婚する以前すでに他の三人の女性は、被告との結婚生活に耐え難いものとして自らこれを破棄していること、原告は、ともかくも十余年の永きにわたり、妻として被告との婚姻の維持継続に努めてきたが、遂に破綻のやむなきにいたつたこと、に、原・被告間の結婚関係の維持継続に仕えてきた経済的基盤が前段認定のような事情で失われるにいたつたことをも合わせて考えると、原告にも妻として責むべき点はあるとしても、これ以上原告に、被告との結婚を維持すべきことを期待するのは、徒らに難きを強いる結果になるものと思われる。従つて、かような事情は、民法第七百七十条第一項第五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するものというべく、この事由に基く原告の被告に対する離婚の訴は、理由がある。

なお、原・被告間の未成年の子一郎及び泰の親権者は、諸般の事情を考慮して、原告が相当であると認めるので、民法第八百十九条第二項、人事訴訟手続法第十五条により、原告を同人等の親権者と定める。

第二、次に、慰藉料及び財産分与の請求について判断する。

本件の離婚によつて原告が精神上の苦痛を蒙ることは、みやすいところであつて、事のここにいたつた原因は、前叙のとおり、単に原・被告のいずれかの側にのみあるものではなく、もとより、被告が自ら招いたものとのみ断ずることはできず、原告並びに被告及びその近親者らの双方の側にある事情が厚薄の差こそあれ、互に、原因結果をなし、相競合してこの破局に導いたというべきであり、その意味で、被告の行為が相当因果の関係にたつことは否定しえないから、被告は、原告に対し慰藉料を支払うべき義務を免かれることはできない。また、前段認定の事実によつてうかがわれるように、原告は被告と結婚以来呉服店の経営の衝にあたり、それによつて被告の資産に増加を来たし、また、将来増加を来たすべきことは明らかであるから、原告に対し財産を分与するのを相当とする。よつて、それらの額について考えるのに、前記認定の諸事実及び成立に争のない甲第二号証(登記簿謄本)、乙第一号証(所得税確定申告書)、証人金子正一(第一、二回)、橋本キヨ(第二、第三回)の各証言及び原・被告本人各尋問の結果並びに検証の結果によつて、原・被告双方の資産、能力、離婚原因の厚薄、離婚後の見透し、資産増加の程度、子供の親権者を原告と定めたこと、その他一切の事情をしんしやくし、且つ、民法第七百二十二条第二項、第七百六十八条第三項、第七百七十一条の趣旨に則り、その額は、いずれも原告の請求の範囲内である慰藉料については金五万円、分与さるべき財産については金二十五万円をもつて相当とし、その余の部分については、被告に支払義務はないものと認める。

よつて、原告の本訴請求は、右の限度において正当であるとしてこれを認容し、その余は理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例